6/11

日曜日の記憶から。

娘の誕生日プレゼントを買いに行く。キャスのカバンを愛用しているが肩掛けのカバンサイズが少し小さい、任天堂スイッチが入らないという事です。気に入ったのが見つかり良かった。その後、トンカツを食べてカラオケに行ってかえる。

なんだか昔起きたようなことが起こる事がある。以前その局面に接した時、私は狼狽えたと言うか、大きな力に屈服したくないと言うか、自分の正当化を言うというか、自分を守るためにいろんなことを一生懸命に言い、結論はいつもあなたの言うことは理解できないと言う話をしていたような気がする。まだ成人もしていなくて、情報の入手経路もバイアスもあったし、毒ガス事件の印象もごちゃまぜの若者のころの話。

ただその後、時間が経つに連れてそのことはなんとなくうやむやにされたような気もする。今、そのことはどのように処理され理解されているのか?私はよくしらない。今の私は、人にはいろんな経過があるので、そーゆー経過もあるだろう。私はその考えを詳しくしらないし、知ろうとも思わないけれど、その人のことはそれなりに知っているはずだと思っている。

私は、なるほどそうなんだと思った。

京都駅をスタート地点に目的の仏閣を決めて散歩をする。散歩はいつも発見されたり発見したりするのが楽しい。カラカラに暑く晴れるよりは、少しの通り雨ならそれだっていいと思うけど、異論もあるでしょう。

写真は会社近所の人気のない東京の年末のような幹線道路。